WJ気功

腱鞘炎が全快し、仕事も人間関係もうまくいく

WJ気功を体験された方の体験談の一部を紹介したいと思います。

 

【治る見込みがない、と言われた重度の腱鞘炎】  会社員 S.Tさん(30歳)

三年半前、山名先生の気功法を学ぶ前の私は、まさに生きていること自体が不思議と思えるほどでした。

 

 

商事会社の事務として、主にタイプライティングのオペレートの仕事を始めて六年半、この職業には宿命的ともいえる病気にかかってしまったのです。

 

 

まず、どの病院に行っても同じことを医師に言われました。

 

 

「今すぐ仕事を辞めなさい。完全にやめると機能回復できない可能性があるから、時間を区切ってリハビリ勤務させてもらうよう会社に言いなさい。」

 

 

私の病名は、両腕からの「頚腕症候群」、重度の腱鞘炎でした。

 

 

私のそれまでの勤務は、朝の九時から夕方五時まで外国宛の特殊明細書の英文タイプを打ち、五時から夜の八時までは、そsれに添える手紙を書くというハードな仕事をずっと続けてきたのです。

 

 

その結果が「頚腕症候群」でした。

 

 

その症状は、お話ししても、とても信じられないほどでしょう。まず、両腕が重く、痛く、痺れてピクリとも動かなくなるのです。

 

 

着替えもできなければ、髪をとかすこともできない。腕全体に太い針をブスブスと刺されたような痛み、だいたいどんな感じかというと、慣れない正坐をして脚が痺れた経験は、どなたにもあると思いますが、ひどく痺れて麻痺した状態の足の上に、まるでタンスでも乗せられているような重圧感があるのです。

 

 

夜は一睡もできないという状態が続くのです。

 

 

腕ばかりか、頭から首、そして腰にも同じ痛みが走ります。

 

 

朝起きると、家人の手助けなしには顔も洗えない、歯も磨けないのです。顔を洗おうにも手で水をすくえないので洗面器に水を溜め、顔を洗面器に突っ込むようにして洗います。

 

 

タオルで水を拭くことができないので、タオル掛けに顔をこすりつけるようにして拭うのです。

 

 

下着一枚着替えるのにも、四、五分かかってしまいます。

 

 

通勤と中で何が辛いかというと、電車のなかの冷房でした。

 

 

真夏だというのに、両腕には肩まであるサポーターをし、長袖の服を着るのですが、それでも冷気にあたると痛くてたまらず吐き気を催すのです。

 

 

吐き気のために、電車やバスに乗り続けていることができず、何度も途中下車しなければなりませんでした。

 

 

食事は、箸が持てないため、オニギリを作っていき、同僚に食べさせてもらう毎日です。

 

 

回った病院は数知れません。牽引、鍼灸、理学療法、漢方薬、整体、カイロプラクティック・・・しかし、痛みを和らげる効果は何ひとつありませんでした。

 

 

一時的な効果はあったにしても、激痛はすぐに戻ってきました。

 

 

何しろ、病院に通うにもバスや電車を一駅ごとに降りて吐き気をこらえる始末でした。

 

 

どの病院でも、絶望的な診断ばかり下されました。

 

 

「一生治らないから、結婚して子供を産んでも抱くことはできない。」
「仕事を辞めたとしてもここまでひどくては完治の保障はできない。」

 

 

さらには、

 

 

「そんなになるまで仕事をするほうが悪い。」とさえ言われる有様でした。

 

 

地獄のような苦しみが二年間もつづいたのです。

 

 

私が完全に仕事を辞めなかったのは、「完全に辞めると機能回復ができない。」と言う医師の診断があったからだけではありませんでした。

 

 

「頚腕症候群」と診断された途端、会社側は休職をすすめたのですが、労働組合側からは「職業病として認定させ、完全保障が獲得できるまで続けて仕事をしてほしい」という申し出があり、その板バサミになったからです。

 

 

精神的にも最も辛い時期でした。

 

 

とりあえず、ひどい症状が出た後、二週間の休暇を取って家で完全休養したのですが、この二週間で体重は5,6キロも減少しました。

 

 

その上、筋力は極端に落ち、握力が10キロ以下に低下してしまいました。

 

 

腕は目に見えるほど細くなり、かえって症状は悪化する一方でした。

 

 

一日に三時間のリハビリ勤務を会社に認めてもらい、後は病院で過ごすという毎日です。

 

 

このとき始めた水泳は、逆に腰を悪化する結果しか生みませんでした。

 

 

 

【絶対に治ると断言した先生を信じて】

そして、ついに辿り着いたのが、山名式気功法でした。
山名先生のもとを訪ねたとき、わたしの腕はまったく上らない状態でした。

 

 

気功法の稽古には、気持ち良さそうに腕を上げたり、振ったりする動作がありますが、それができないと、入門さえ許されないのではないかと思ったのです。しかし、山名先生は明るくこうおっしゃってくれました。

 

 

「君の腕は絶対に治るよ。かなり症状は悪いようだから、週に2、3回来るといいでしょう。大丈夫、絶対治る。」

 

 

どの病院を訪ねても絶望的な答えしか返ってこないなかで、山名先生の言葉だけが温かなものでした。それが救いになり、「もう一度がんばってみよう」と勇気を出すことができたのです。

 

 

普通に生きることがこんなに辛いなんて、と毎日悲嘆にくれて過ごしていた私にとって、闇世の中で進むべき目標というか、一条の光が見えたように感じました。

 

 

気功法を始めて三ヵ月くらいに、鉛の腕に暖かいものがふっと通い、「アッ」と声を上げそうになりました。それを境に自分の腕が少しずつ感覚を取り戻し始めました。その瞬間を忘れることができません。

 

 

「気が通ってますよ。Sさん、“気”が出てる。“気”が出るようになったね。大丈夫だ、もうすぐ治るよ。」

 

 

それからは、ほんとうに薄皮を一枚ずつ剥いでいくように腕に血の気が通いだし、三カ月おきにさらに一段と大きな回復の兆しが表れたのです。

 

 

一時期、入門してすぐの時期ですが、症状が悪化して塾にも通えず中断していたことがあります。そして再び、先生のもとを訪ねたとき、先生はこうおっしゃってくれたのです。

 

 

「かならず気の力で治ります。」

 

 

とても心に沁みることばでした。
そして現在、「頚腕症候群」は、まるで悪夢を見ていたかのように消え失せています。

 

 

以前は血圧も、最低の血圧が40、最高の血圧が80だったこともありました。それぞれの数値が50−100とわかり、明らかに体質も変わったのです。

 

 

気功に通っている方とお話ししていて分かったのですが、私のように血圧が低すぎる人は高くなり、高血圧で悩んでいる方は逆に下がっています。これも本当に不思議です。

 

 

そればかりか、気功法は私のオペレーターとしての能力、腱鞘炎にかかる前、1分間に55ワードだった能力は、現在65ワードにまでなったのです。

 

 

キーボードの上に手を置くだけで指が無意識に動き、いくら仕事をしても疲れを感じないのです。

 

 

症状が出る以前より仕事をこなしているのに、もう腱鞘炎になりそうな不安さえありません。

 

 

 

絶望し、普通の人生を送ることさえ諦めかけていた私が、今はこんなに素晴らしい毎日を送ることができる。まさに“気”のおかげで人生を取り戻した感じがします。

 

 

 

それにしても、よくここまで回復したと、私は自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいです。家族にはどんなに迷惑をかけたことか。
今は誰よりも家族が一番喜んでくれています。

 

 

 
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